新型コロナの在宅終末期ケア
先日、ご高齢の患者様のお看取りをさせていただきました。
私の使命の一つは在宅での終末期ケアであると心得ておりますが、この患者様が他の患者様と大きく異なるのは、死因が新型コロナウイルス感染症であったことでした。
この患者さん(以下、Tさん。90代)は私達のかかりつけの患者様でした。
2月の上旬に診察した際は年齢相応の体力の低下はありながらも笑顔でお話することができ、それまでと比較して特段の元気の無さ、というのは感じさせず、「お元気」と判断できる状態でした。
それゆえに、2月17日に訪問した際はとても驚きました。
つい数週間前とは打って変わって、意識は混濁し、頬は痩せこけ、死が間近に迫っている時に特徴的な呼吸をしていたのです。
ご家族もその異変にはいましたが気付いていましたが、本人から症状の訴えがなく、”急に老衰が進んだ”と思っていたそうです。ですから私が、「これは危険な状態です。最近なにか変わったことは有りませんでしたか」と尋ねると、ご家族も驚かれておりました。
ご家族より、「最近とある高齢者施設を一時的に利用していた」とお聞きしました。しかしその施設からご家族へは施設内でコロナが流行しているという情報提供はなされなかったようでした。「その施設で新型コロナが複数出ている」という”噂”が私の耳に入っていましたので、PCR検査をしたところ”陽性”という結果が出ました。
ご家族は新型コロナという結果にとても驚かれると同時に、合点がいったというような表情を浮かべられました。ご家族からは、「今後どのようにすればよいですか?」と相談がありました。
私はこのように説明しました(わかりやすく「」を区切っています)。
「今、Tさんは危篤状態です。酸素飽和度の値は90%程度ですが、脱水も顕著で重症と言えます。新型コロナがきっかけとなってお体の状態が急速に悪化しています。死期が迫った兆候があり、”回復の見込みはほとんどない、今日にも息を引き取ってもおかしくない”というのが私の見立てです」
「本来ならば新型コロナ=入院・隔離です。しかし、Tさんの場合、入院したらもう二度と家に帰ってこられないでしょう。ご家族が死に目に立ち会うことも無理でしょう。入院したらそこで死亡して、顔を見ることなく荼毘に付されて、お骨になって家に戻ってくるでしょう」
「でも、もともとTさんは、”最期は自宅で”と話されていた。他の病気、たとえば敗血症の場合でも、”最期は自宅で””入院はしたくない”という方には、自宅でできる最善の治療を行った上で、それがかなわない場合は苦しませないように穏やかに最期が迎えられるような支援をしています。これは、ごくありふれたことです」
「ですので、もしご家族が、『このような厳しい状態であれば住み慣れた自宅で過ごさせたい、見守ってあげたい』とご希望されるのであれば、私達はその思いに寄り添って全力を尽くします」
このような説明をすると、ご家族は、病前の患者さんの思いにも配慮され、ほんとうの意味での自宅療養を選択されました。
それから2日後にはTさんは穏やかに息を引き取られましたが、ご家族は「最期の時を一緒に過ごせて、本当に良かったです」とお気持ちを話されていました。
私はかねてから、新型コロナでなくなった方の最期が人間としての尊厳を無視されていることに悲しさと憤りを覚えてきました。また、行政的にも「自宅でのコロナ死」というのを出したくないという思惑が有ったこともあり、行政側のメンツにかけて最期は病院に調整したい、という方も何人も見てきました。
今回のTさんの最期にお供をして、新型コロナとはいえ、人間らしい最期を迎えることはできるという、ごくごく当たり前のことを再認識できました。
もちろんできるだけ早期診断、早期治療で回復させてあげたいというのが医師としての本音ですが、診断時の状況や本人のお考えによっては、新型コロナの在宅での終末期ケアは、社会的に前向きに受け入れられるようになってほしい、と強く願っています。