なぜ臨床診断が有用なのか
私がブログで新型コロナの臨床診断について歓迎する旨の投稿をしたところ、一部の方々から、「コロナの臨床診断は愚の骨頂だとの意見が出てますよ」とご指摘をいただきました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/35ade973adb6c3ef51cc308952ec572b55429e3c
記事にはツッコミどころはありつつも、そう主張したくなるのもわからなくはありません。
私が新型コロナウイルス感染症の臨床診断が有用であると考えるのは、決して「検査キットが枯渇しており検査に頼れなくなっているから」ではありません。「街なかに新型コロナ感染症がものすごい勢いで蔓延しているから」です。
臨床診断についてよくある質問として、こういったものがあります。
・インフルエンザや扁桃炎である可能性があるじゃないか。検査をせずにコロナと決め打ちしていいのか?
はい、インフルエンザや扁桃炎である可能性はもちろんあります。問題なのはその可能性の高さ(低さ)です。2022年1月27日おいて、インフルエンザである可能性は新型コロナである可能性と比べると無視できるほど低いです。さらに、咽頭痛+咳となると、臨床症状から扁桃炎である可能性は下がります。
臨床診断の考え方
臨床診断は、検査に頼らないで診断すること、という意味ではありません。医師がその段階で得られた様々な情報をもとに診断をすることが臨床診断であり、検査はその補助的な役割に過ぎません。
例えば、今日(2022年1月27日)にこのような患者さんがおられたとします。
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28歳男性。特に基礎疾患なく健康な方。最近、同居する家族が新型コロナ感染と診断された。
昨日の夜から体のだるさが出始めて、喉の痛みと空咳が出てきた。朝になっても咳と喉の痛みは改善しない。なんとなく食欲もない。
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この患者さんは新型コロナとしての典型的な症状がそろっています。さらに、接触歴もあります。若い健康な方であり、たとえば尿路感染症などの細菌感染症を起こしやすい背景もありません。
①典型的な症状がそろっていて
②患者との接触歴もあり
③発熱の原因としてその他の疾患である可能性が低い
この3つの要素を勘案すると、この患者が新型コロナ感染である検査前確率は非常に高く、90%以上であると言っても過言ではないでしょう。
この患者さんが新型コロナの抗原検査を受けに発熱外来を受診したとしましょう。
抗原検査が陽性であった場合
この患者さんが新型コロナ感染であることに疑いを抱く人はいないでしょう。
抗原検査が陰性であった場合
この患者さんを「新型コロナではないね」と思える方はどの程度いますか?検査が陰性であったこの男性と、3密の環境で互いにマスクなしで長時間会話をしようと思える方はいらっしゃいますか?
差別的意図があるのではありません。検査が陰性でも、この患者は新型コロナ感染ではないか?と感じる方が多いと思います。それは普通の感覚です。
もちろん私は、この男性患者が抗原検査陰性でも、2022年1月27日ならば新型コロナウイルス感染症と臨床診断し発生届を提出します。
くどいようですが抗原検査が陰性であっても、検査前確率があまりにも高いのでそのように診断します。
そもそもこの患者さんに検査を行うべきなのか?
検査前確率が非常に高いという状況で、陰性判定能力が低い検査は行う意義はないでしょう。なぜなら、陽性判定でも陰性判定でも新型コロナと診断できてしまうからです。であれば、そもそも検査の必要性自体疑問です。
検査キットが潤沢にあっても枯渇していたとしても、検査の結果が診断にほとんど影響を及ぼさないなら、それは不必要な検査と言えます。
100%完璧な検査というものは存在しない
なぜ私がこの男性患者について、抗原検査が陰性でも新型コロナ感染と臨床診断できるかというと、検査自体の診断能力には限界があるからです。
100%完璧な検査というのは、
A)陽性と出れば100%それと診断できる(偽陽性がない。本当はその病気ではないのに、陽性と出てしまうことがない)
B) 陰性と出れば100%それを否定できる(偽陰性がない。本当はその病気なのに、陰性と出てしまうことがない)
この2つの要素をかねそろえたものです。
現在の新型コロナの抗原検査は、陽性と出たときの診断力はとても優れいているものが多いです。一方で(ここが最重要ですよ!!)、本当は感染しているのに陰性と判定されることが20%(報告によっては30%から、なんと70%程度も!)あるのです。
つまり、陽性と出れば新型コロナと診断できたとしても、陰性と出たからと言って新型コロナではない、とは言い切れないのです。
検査前確率と検査性能の関係について、詳しくみてみましょう。
検査が陽性であっても、絶対に新型コロナとは言い切れないこともある
繰り返しになりますが、性能の良い検査には正しく診断できる能力、そして、正しく否定できる能力というものが求められます。
検査前確率と検査能力の関係から、検査後確率を予測するノモグラムというツールがあります。
次の図を見てください。
これは、現在の新型コロナの抗原検査の正しく診断できる能力(陽性尤度比)を6と設定したときの検査前確率と検査後確立の関係です。6という数字は、診断能力において信頼できる数字です(一般の方は小難しいことはスルーして、図を直感的に捉えてください)。
Aのように検査前確率が90%であれば、検査で陽性ならば本当に新型コロナ感染である可能性は実に99%近くありますので、ほぼ間違いないでしょう。
注目すべきはCです。この場合は検査前確率が10%程度であり、「まあ、コロナじゃないでしょう〜。でも、一応検査しとくか」という”ノリ”で検査をしたら陽性となった、という場合です。この図からわかることは、診断能力が高い検査で陽性判定が出たとしても、検査前確率が低ければ本当は新型コロナ感染ではなかったという可能性がなんと50%近くもあるのです。
世間にほとんど新型コロナ感染者がいないような状況では、仮に検査が陽性でも「絶対にコロナ」とも言い切れないことがお解かりいただけるでしょう。新型コロナがほとんど街なかにいない状態で、抗原検査陽性だからといって「新型コロナだ!」と大騒ぎする医者は、あまり賢い医者ではありません。「本当にそうか?」と慎重に検討をすすめる医者が良い医者です。
検査が陰性であっても、絶対に新型コロナではないとも言い切れない
次に、この図を見てください。
現在の新型コロナ抗原検査が、コロナ感染を正しく否定できる能力(陰性尤度比)を0.2と設定したときの検査前確率と検査後確立の関係です。0.2という数字は、除外検査としては信頼性の低い値です。
Aのように、検査前確率が90%あるかたは、たとえ検査が陰性でも70−60%程度は新型コロナ感染である可能性が残されています。この患者に対して「新型コロナではない」と判断できるのは30%程度しかないのです。
新型コロナが蔓延するこの時期において、抗原検査が陰性だからといって野放しにするのは、賢い医師とは言えません。「6,7割新型コロナの可能性があるので自宅で安静に過ごしてください」と説明できるのが良い医者です。
ちなみに紫のDをみてください。これは、検査の除外能力がとても優れていると仮定したときのものになります。この場合は検査前に「90%コロナでしょう〜」と見込んでいても、検査が陰性ならば新型コロナ感染症である可能性はなんと5%にまで下がります。陰性と出た患者の95%が本当に新型コロナではないので、いくら検査前確率が高くても、これくらい性能の良い検査で陰性判定が出た人とハグをしなさいと言われれば、私はします。
検査は診断の補助ツールでしかない。診断で重要なのは検査より医者の脳みそ
冒頭のリンクの記事に、「コロナ疑いで検査した人の約半分が陰性。これらの人に行動制限かけては社会機能が停止する。愚の骨頂だ」という旨の主張がありました。この主張が正当化されるのは、陰性診断能力が100%の場合です。現状、抗原検査の陰性診断能力は30−70%程度であり、PCRでも70%程度にしか過ぎません。「検査が陰性だから新型コロナではない」と決め打ちしてしまうことは、感染者が爆発している現状では医者の診断学においては正しい営みとは言えず、ある意味で危険なことです。
医者の仕事の本質は診断をつけ適切な医療につなげること
医者の仕事は、目の前の患者に蓋然性の高い診断を速やかにつけ、適切な治療をタイムリーに開始し、さらなる感染拡大を防ぐことです。そのためには、臨床診断は極めて有用です。
丁寧な問診と診察、そして疫学的状況に基づき、検査性能を鑑みながら時としては検査に頼り切ることなく総合的な判断にのっとり診断をつける。
まさに医者の本質であり、存在意義です。検査でしか診断を決められないなら、医者なんて不要です。検査を受けられないから診断ができず、治療を始められないということがあるとすれば、本末転倒です。
一介の医者が社会機能に忖度する必要はない
もちろん私だって、オミクロン株の患者の臨床経過を俯瞰していると、「本当に10日間も隔離が必要か?濃厚接触者を突き止めて彼らの10〜14日間の社会活動の停止が必要なのか?」と疑問に思うこともあります。ただ、それはいち町医者レベルの疑問であり、私が社会的にどうのこうのすべきだと主張することはおこがましいです。ましてや、医者が社会機能に忖度して、蓋然性の高い患者を不完全な検査の結果に基づいて、不適切な診断に落とし込むのは、患者の不利益に繋がりますので、避けるべきです。
我々一介の医者は、己の判断に基づき淡々と臨床診断し治療介入をしていけばよいのです。その結果生じる社会的な問題は、別のポジションに居る偉い人達がアタマを使って臨機応変に対応し解決してくれればよいのです。
臨床診断を有効に使おう
新型コロナ感染症がこれまでにないレベルで社会に蔓延しています。
新型コロナ患者と接触歴があり、典型的な症状を有していて、発熱としてその他の可能性が考えにくい、という患者には、あわせ技一本で新型コロナと臨床診断するのは有用です。こういった、検査をしてもしなくても新型コロナ感染症である蓋然性が極めて高い人に、全例発熱外来受診や検査を強いることは、感染者の移動に伴う感染拡大、医療資源の枯渇、医療費の増大、不適切な検査結果の解釈などの観点から好ましいことではないでしょう。
体調不良なら休めるようにような機運が醸成されてほしい
何度も申し上げますように、検査を受けることは一つの補助的な手段にすぎず目的ではありません。極端な話、現状では新型コロナ感染と診断すること自体、あまり意味のないことでは、とさえ思います。新型コロナに限らず、風邪症状を訴える方にとっては検査を受けることよりも、体調が回復するまで自宅で安静に過ごすことこそが重要です。こういった方が、「検査が陰性だから体調が悪くても仕事に行ける(仕事に行かないといけない)」となってしまう社会こそが不健康ではないかと思う今日このごろです。